真夏の配達。エアコンを止めた軽バンの荷室は、あっという間に50度を超えます。その荷室に、いま何が積まれているか——正確に把握しているドライバーは、実はそう多くありません。
近年、鉄道の車内や航空機の中でモバイルバッテリーが発火する事案が相次いで報じられています。フリマアプリの普及で、モバイルバッテリー・加熱式たばこ・電動工具・ワイヤレスイヤホンといったリチウムイオン電池入りの製品が、日常的に宅配網を流れています。そしてそれを真夏の炎天下、長時間運んでいるのは末端の軽貨物ドライバーです。
この記事では「発送する側」ではなく「運ぶ側」の視点で、リスクと自衛策を整理します。
結論:中身は選べない。だから「環境」と「初動」で守る
先に結論です。
- 宅配の多くは中身が見えない。リチウム電池入りの荷物をゼロにはできない
- できる自衛は主に3つ。①荷室を高温にしない、②発火の予兆に気づく、③燃えたときの初動を決めておく
- 明らかに危険物とわかる荷物や、発送人が危険物であることを申告しない荷物には、運送約款上、引受けを拒める・確認を求められる余地がある
- 万一の損害が自分の保険でカバーされるかは、契約内容によって変わる。加入している保険の免責事項を一度確認しておく
「気をつける」だけでは対策になりません。暑さ対策と同じで、環境を整え、手順を決めておくことが実際の備えになります。
そもそも、どんな荷物にリチウム電池が入っているのか
リチウムイオン電池は、いまや身の回りのあらゆる製品に入っています。宅配で流れやすいものを挙げると——
- モバイルバッテリー、充電式の乾電池
- スマートフォン、ノートPC、タブレット、ワイヤレスイヤホン
- 加熱式たばこ、電子たばこ(ベイプ)
- 電動工具、コードレス掃除機、電動歯ブラシ、電動シェーバー
- 電動アシスト自転車・電動キックボードのバッテリー
- モバイル扇風機、加熱式の美容家電
問題は、これらの多くが「外から見て電池入りとわからない」ことです。フリマアプリで個人が発送する中古品には、電池を抜かずに送られたものや、すでに膨張・変形している劣化バッテリーが混ざることもあります。ドライバーが荷物を開けて中を確認するわけにはいかないため、「積んでいる荷物のいくらかには電池が入っている」という前提で動くしかありません。
夏の荷室で何が起きるか——高温と衝撃が引き金になる
経済産業省や消費者庁は、リチウムイオン電池製品の発火事故について繰り返し注意を呼びかけています。発火の主な引き金として挙げられるのが、高温・強い衝撃・圧迫・過充電・内部劣化です。このうち、軽貨物の配送現場で現実的に問題になるのが「高温」と「衝撃」です。
- 高温:真夏、直射日光の下でエアコンを切った車内は、短時間で外気温を大きく上回ります。荷室に長時間置かれた電池は、劣化が進んでいれば発火に至るリスクが高まります
- 衝撃・圧迫:荷物の積み下ろしや急ブレーキ、荷崩れによる圧迫も、内部で短絡(ショート)を起こす要因になり得ます
つまり軽貨物の配送は「高温」と「衝撃」という2つの引き金が日常的に重なる環境です。とりわけ盛夏の長時間稼働は、電池にとって過酷な条件が揃います。
荷室を高温にしないための実務ポイント
- 直射日光を避けて駐車する。可能なら日陰・屋内を選ぶ
- 荷室に荷物を長時間置きっぱなしにしない。配達順を工夫し、滞留時間を短くする
- 荷崩れ・圧迫を防ぐよう積み付ける。重い荷物の下敷きにしない
- 荷室に遮熱・断熱の工夫をする(車種・予算に応じて)
これらは熱中症対策や食品の品質保持とも共通します。「荷室を灼熱にしない」ことは、荷物リスク全体への基本的な備えになります。
「これは危険物では」と思ったとき——約款の引受拒絶
標準貨物軽自動車運送約款(令和7年3月19日国土交通省告示第193号による改正版が2025年4月1日施行)には、危険物や、発送人が内容物を正しく明かさない荷物の取り扱いについての定めがあります。この約款では、爆発・発火のおそれがある危険な荷物や、内容が確認できず運送に支障がある荷物について、運送人が引受けを拒絶したり、荷送人に内容の明告を求めたり、荷物の内容を確認したりできるとされています。
現場でこれをそのまま振りかざすのは難しいものの、次のような場合は、無理に運ばず委託元・発送人に確認する判断が大切です。
- 箱から液漏れ・異臭・変形・発熱がある
- 「危険物」「リチウム電池」等の表示があるのに輸送方法の指定がない
- 明らかに膨張・破損したバッテリーが見える
自分の判断だけで拒絶を決めるのではなく、委託元に連絡し、指示を仰いだうえで対応するのが安全です。標準約款の正確な条文は、国土交通省の公表資料で確認してください。
万一、発火したら——初動を決めておく
走行中や配達中に荷物から煙・異臭・発火が生じたら、まず自分の身の安全が最優先です。一般的な初動の考え方を挙げます。
- すぐに安全な場所に停車し、人を遠ざける。周囲に燃え移るものがない場所へ
- 無理な消火に固執しない。リチウム電池火災は再発火しやすく、少量の水では消えにくいとされる。危険を感じたら離れて119番通報を優先する
- 消火器を積んでおくなら、車両火災に対応した製品を選び、使い方を事前に確認しておく
- 記録を残す。発生日時・場所・荷物・状況を、可能な範囲で写真や日報に残す。後の保険請求や委託元への報告に必要になる
具体的な消火手順は状況によって大きく変わります。あくまで「自分の安全を最優先し、危険なら離れて通報する」を基本方針にしてください。
保険でカバーされるか——免責事項を先に確認
発火で荷物や車両、第三者に損害が出たとき、費用を誰が負担するのかは契約内容次第です。
- 貨物賠償責任保険:預かった荷物への損害を補償する保険。ただし危険物や、発送人の申告義務違反に起因する損害が免責になっている場合がある
- 自動車保険(車両保険):自車の火災による損害を補償できることがあるが、契約内容による
- 委託契約上の責任分担:発送人・委託元・ドライバーの間で責任がどう分かれるかは、契約と約款によって変わる
「入っているから大丈夫」と思い込まず、加入している保険の補償対象と免責事項を一度読み返しておきましょう。不明点は保険会社・委託元に確認するのが確実です。
実務メモ:荷物リスクの記録も日報に一本化しておく
2025年4月1日施行の改正で、貨物軽自動車運送事業者にも、行った業務についての記録(業務記録)の作成と1年間の保存が義務づけられました(貨物自動車運送事業輸送安全規則)。この記録に、通常の配送実績だけでなく「荷室が高温になった状況」「危険が疑われた荷物の対応」「発火・異常があった際の詳細」もあわせて残しておくと、①委託元への報告・改善依頼の証拠になる、②保険請求時に状況を説明できる、③トラブルの再発防止に使える、というメリットがあります。日報・請求・記録を別々に管理していると、いざというときに情報がバラバラで探せません。一つのツールにまとめておくと、夏場のリスク管理がぐっと楽になります。
まとめ:やることリスト
- 「荷物のいくらかにはリチウム電池が入っている」を前提に動く
- 直射日光を避け、荷室に荷物を長時間滞留させない
- 液漏れ・異臭・変形・発熱がある荷物は、無理に運ばず委託元に確認する
- 発火時の初動(停車・退避・119番・記録)を事前に決めておく
- 加入している保険の補償対象と免責事項を読み返す
- 荷物リスクにまつわる状況も日報に記録しておく
リチウム電池製品の事故は増加傾向にあり、輸送に関するルールも改訂が続いています(航空では2026年4月24日からモバイルバッテリーの機内持込みルールが強化されました)。最新の正確な情報は、経済産業省・消費者庁・国土交通省等の公的情報で確認してください。
参考
- 経済産業省「モバイルバッテリー等リチウムイオン蓄電池を使用した製品」 https://www.meti.go.jp/product_safety/consumer/lithium_ion_battery.html
- 消費者庁「リチウムイオン電池を使用した製品による事故の防止」 https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/caution/caution_083/
- 国土交通省航空局「モバイルバッテリーの機内持込みルールの変更について」 https://www.mlit.go.jp/report/press/kouku10_hh_000310.html
- 国土交通省「標準運送約款」(標準貨物軽自動車運送約款を含む) https://www.mlit.go.jp/jidosha/jidosha_tk4_000009.html
- 国土交通省「貨物軽自動車運送事業における安全対策を強化するための制度改正について」(2025年4月施行) https://www.mlit.go.jp/jidosha/jidosha_tk2_000172.html
- 貨物自動車運送事業輸送安全規則(e-Gov法令検索) https://laws.e-gov.go.jp/law/402M50000800022